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支援物資第1便の記録
メシエのニュース - ニュース・アーカイブ
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<南三陸町志津川への物資支援第1便報告>

南三陸町志津川の避難所への第1便です。さる4月1日、南三陸町志津川の金秀寺へ、有限会社モック・プランニングの営業車「ホンダフィット」一台が、支援物資を満載にして往復200kmの支援行に出発しました。助手席まで満杯にし、支援行の運転手は、酒井さん一人でした。彼は金秀寺のご住職の息子さんです。

これは、出発の1時間ほど前に撮影した写真です。

■今回お配りした避難所
今回、みなさまからの支援物資は、現地拠点となるお寺の近所(志津川字袖浜)にある、「袖浜生活センター」「平磯生活センター」という2つの避難所に、お配りしました。結果として、かなり喜ばれ、当会も、モックプランニングさんもお役に立ててほっとしました。

ちなみに、時を同じくして、東京のキリスト教団体の方が、ベイサイドアリーナにワゴン車で支援物資を持参したのですが、以下の理由により、ベイサイドアリーナでは無く、これらの避難所に届けられたそうです。同じく、かなり喜ばれたようです。
よって、今後も、しばらくの間は、こちらの2箇所のみを対象に支援物資をお届けする考えで行おうと思います。

■ベイサイドアリーナに小口物資を運ばない理由
一番大きい避難所は、ベイサイドアリーナ
http://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/modules/photos/photo.php?lid=64
というところで、避難されている方々の人数もかなり多いです。ここに、仮設の南三陸町役場が設置されています。


関連記事
「大津波15メートル、屋上の明暗 九死に一生 宮城・南三陸町長が語る」(msn 産経ニュース 2011.3.15 05:41)

上記の報道にあるように、役所の職員の方々も、かなりの人数が津波で亡くなられています。よって、役場がほとんど機能していない(できない)という状態は、津波発生後から、ほとんど変わっていません。特に、今は、集団避難先等の対応もあるため、それらで手が一杯になっているということもあるようです。以上のような状況により、支援物資が届いても、それらを配るシステムが確立されていない(できない)状態で、現在、ベイサイドアリーナでは、個人レベルの小口支援物資はお断りしている状態です。

■避難所「袖浜生活センター」「平磯生活センター」の状況
それぞれに、約8~10世帯位の方々が寝泊まりしています。ただし、日中は、近くで幸いにも家屋が無事だった世帯の方々も集まり、食料、水を配給してもらっている状態。

それらの方々を含み、両避難所では、毎日、計200人位の方々が集まります。つまり、合計約400人です。この人数は、毎日、両避難所が、それぞれ200食の炊き出しを行っていると言う事実から推測できる人数です。
お米はありますが、1日の配給は2食のみ。昨日(4月2日)は、炊き出しご飯の他、キュウリのツナ合えとおつけもの、という、かなり質素な食事でした。


ご年配の方々が多いのですが、子供さんもたくさん居ます。赤ちゃんは、安全が図られ病院に搬送されているそうです。また、避難所では、ガスはプロパンガスが使用可能。水道・電気はまだです。

■地域の状況
※以下、まだまだ、噂のレベルの話で、公式の情報ではありません。現地ですら情報が入らないという現実です。
電気は4月の末位には、一部が復旧するかも、という<ウワサ>があります。実際、電信柱は立ち始めていました。ただし、電線はまだ張られてません。
水道の復旧は、2年はかかるだろうという<ウワサ>が、住民の間ではささやかれているようです。給水車は定期的に来ています。ガスは、プロパンのガスボンベが流されなかった家屋では、機能しているお宅も、一部ですが、結構あるようです。

■帰投
4月3日の20時前に、モックプランニング事務所まで無事に帰投しました。酒井さん、不眠不休での活動、本当に本当に有り難うございました。

アーカイブ時間(2011年4月8日23時)

最終アップデート 2011/04/08 金曜日23:34
 

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